あれは、ある寒い冬の日のことだったろうか。私たち山形落語愛好協会の面々は、雪の舞う町の公民館で、出前落語の準備に追われていた。会場には高座もなければ、マイクもない。とりあえずテーブルを集めて即席の高座をこしらえ、音響機器はどこからか借りてきてセッティング。落語を届ける前に、すでに一仕事である。

 山形落語愛好協会は、長年にわたり地域の方々から出前落語の依頼をいただいてきた。学校、福祉施設、地域の集会所、どこでも伺った。年間の依頼は相当な数にのぼる。だが、依頼を受けるたびに私たちを悩ませていたのが、会場設営にかかる打ち合わせの時間と手間だった。

 「ここに高座を作るにはどれだけのスペースがあるか?」「マイクは会場にあるのか?」「スピーカーは持ち込みか?」。このやりとりに、毎回かなりの労力を費やしていた。落語を披露するよりも、準備のほうがよほど疲れる。そんな矛盾を感じながらも、地域の笑顔のために、なんとか続けてきた。

 ところが、ある日ふと気づいたのだ。「いっそ、自分たちで落語専用の器材を持っていけるようにしたらどうだろう?」と。そうすれば、機材に関する打ち合わせは不要になるし、どんな会場でもすぐに高座が作れる。

 その発想から、私たちの器材づくりがはじまった。最初は手探りだったが、「もっと軽く、もっと早く組み立てられるように」と何度も改良を重ね、工夫に工夫を重ねた。気がつけば、道具は見違えるように進化し、いつのまにか全国から「うちでも使いたい」という問い合わせまでくるようになっていた。

 この落語専用器材を持ち込むスタイルは、主催者側の負担をぐんと軽くしてくれた。一度体験した依頼主からは、ほぼ例外なく「またお願いしたい」と声がかかるようになり、出前落語の依頼数も右肩上がりになっていった。

 驚いたのは、プロの落語会でも「この器材、使わせてほしい」と声がかかるようになったことだ。そんな折、あるプロの落語家から言われた。「これは製品化したほうがいいですよ。本当に助かる」と。私たちは、背筋がピンと伸びる思いだった。

 そこで立ち上がったのが、山形落語愛好協会と、かねてより協力関係にあった山形大学らくご研究会の若者たちだ。彼らとともに「株式会社落語器材」を設立し、本格的な開発に乗り出した。すでに現場で鍛えられた器材を、さらに洗練させ、強度やデザイン、音響の質にまでこだわり抜いた。そして今、これまでにない最高の落語専用器材がここに完成した。

 この器材を、全国の落語家の皆さん、特にこれから羽ばたこうとしている若手のプロの方々に使っていただきたい。そして、何度もリピートされて、出番がどんどん増える。そんな連鎖が広がっていくことを、私たちは願ってやまない。

 株式会社落語器材は、これからも日本中の落語家の活躍の場を広げ、そして、落語という文化を、未来へと繋いでいく力になりたいと考えている。

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